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2024.05.21 会長の時間
馬場会長
"福田平八郎"

今週5月18日から7月15日までOPAM大分県立美術館では、大分の日本画家福田平八郎の没後50年を記念した回顧展が開催されます。平八郎は大正から昭和にかけて帝展や日展などを中心に活躍し、1961年には文化勲章を受章するなど近代日本画を牽引しました。回顧展では「漣」や「雨」などの代表作をふくむ生涯の作品が一堂に会します。

1892年大分市に生まれた平八郎は、現在の京都市立芸術大学に入学し腕を磨きました。成績は優秀で技量も卓越していましたが、「自分自身の絵とは何か」をつかむために、自然を客観的に見つめる写生に没頭する日々を送りました。

1921年、京都の庭の池を描いた作品「鯉」を第3回帝展に出展しました。作品では、鯉のうろこの数もその微妙に異なる色も正確に描いていました。そして画面には、様々な深さで泳ぐ鯉のみを描き、思い切って全く水を描かなかったのです。しかしそこには、池の水の中に悠々と佇む鯉が見事に現れていました。作品は特選に選ばれ、平八郎は一躍注目を集めることとなりました。

平八郎はよく琵琶湖周辺の川へ釣りに出かけました。釣りをしてはスケッチをしている姿を見た地元の農夫達からは、「おっさんは釣りよりも絵の方がうまいもんだ。」と言われたそうです。

魚がさっぱり取れないある時に、浮きから目を離して水面を眺めていると、肌にも感じない微風に水はさざなみをたてて美しい動きを見せることに気付きました。この絵を描こうと思いましたが、ただ波の形は瞬間の姿であるため、その実体をつかむのにはかなり苦労しました。平八郎は銀箔を貼った画面に、群青の短い線だけを置いて、水の冷たさ、深さ、ひろがり、そして動きを表したのです。平八郎は当初、波の他に魚も描こうとも考えましたが、思い切ってそれを止めたのです。「今まで踏み慣れた道から一歩踏み出した」と話していました。作品「漣」は、まるで抽象絵画のように見えますが、実は写実を極めた究極の具象絵画であり、近代日本絵画の新境地を拓いたと高く評価されています。

当初、平八郎は素朴派の画家アンリ・ルソーを敬愛していましたが、やがてピカソに目を向けるようになりました。次々に画風を変えながら、新たな絵画の創造に挑戦しているピカソを素晴らしいと感じたからです。平八郎もまた、鯉から漣へと大きく変わりました。でも同時に「思い切って」、鯉のみを描いて水は描かず、波だけを描いて魚も何も描かないという、平八郎の挑戦する気持ちは変わらなかったようです。

平八郎は水を描く画家であったと言えるかもしれません。2015年4月にOPAM開館記念に開催された展覧会「モダン百花繚乱・大分世界美術館」での展示が思い出されます。そこでは、大分の作家の作品と、それと共通する視点や考え方を持つ海外の作品を、一対にして展示していました。平八郎の作品「水」は、クロード・モネの「睡蓮」と並べられました。印象派のモネは無限に変化してゆく水面の光を追いながら、浮かぶ蓮の一瞬の姿を描きました。モネより半世紀遅れて生まれた平八郎は、動き続ける水の姿を描き、そこに命の揺らぎを見ていたのです。

平八郎は自分の作品を、写実を基本とした装飾画と述べています。温かく豊かな色で描かれた自然の美しさを味わえる、福田平八郎の回顧展がいまからとても楽しみです。

以上で会長の時間を終わります。ありがとうございました。
【参考資料】
田中修二 福田平八郎 人と言葉 国書刊行会 2024年
大分県立美術館編 没後50年 福田平八郎 図録 2024年
大分県立美術館編 モダン百花繚乱「大分県立美術館」ブックエンド 2015年

 
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