"テルマエとヤマザキマリ"
2023年11月25日より大分県立美術館で、「テルマエ展 お風呂でつながる古代ローマと日本」が開催されます。「日本一の温泉県」に住む皆様は、どなたも温泉には詳しく、それぞれ贔屓の温泉もあることと思います。私は竹田市内の長湯温泉の泉質と建物と周囲の雰囲気がとても気に入っており、以前から隙間時間を見つけては、出かけています。
古代ローマでも多くの市民が大浴場を楽しんでいたということは、ヤマザキマリさんの漫画「テルマエ・ロマエ」でも知られておりますが、主人公の古代ローマ人の温泉専門建築家のルシウスが、現代の日本と古代ローマとを時空を超えて行き来するという物語です。映画版ではルシウス役を、大河ドラマでも活躍の阿部寛さんが演じています。この本では、古代ローマ人の視点から見た日本の温泉文化の魅力が大いに語られます。ルシウスは大浴場の壁に富士山の代わりにベスビオ火山を描いたり、また温泉卵をローマ人にふるまって大人気を博したりと、温泉好き日本人にとっては、得意な気分になるようなお話です。
作者のヤマザキマリさんはイタリアの歴史と文化芸術に詳しく、数多くの著作を発表しています。この功績で2017年にはイタリア共和国星勲章コメンダトーレ綬章を受章されています。17歳から単身でイタリア留学し、国立フィレンツェ・アカデミア美術学院で油絵と美術史を専攻しました。音楽家の母は世界中を飛び回っていました。1997年、28歳の時に漫画家としてデビューし、日本での受賞を期に家族とともに帰国しました。最近ではスティーブジョブスや、古代ローマの大博物学者プリニウスを描いた作品も発表しています。このフィレンツェで過ごした時期のことを、ヤマザキさんは「暗黒時代」と表現しています。イタリアにひとり、会話もできず、経済的にも困窮し、警察や家庭裁判所に行って大声で交渉するような時期を過ごしました。アパートの大家さんとのトラブルなどで26回も転居したそうです。
でもこの時期に、同じように貧しい境遇の中で、表現者であろうとする多くのイタリアの友人を得て、彼らから深く厳しく芸術を学びました。絵画を志すヤマザキさんに、80歳のおじいさんが、「おまえはなんの経験もない。日本のことも世界のことも政治のことも世間のこともわかっていない。だいたい日本で育ったのに、三島、川端、谷崎もろくに読んでいない。何か思想があるわけでもない。それでどんな絵を描くつもりなんだ?フィレンツェに居なくたっていい。」と痛烈に指摘され、辛くてたまらなかったといいます。ただ同時に友人たちは、ヤマザキさんに「あの本を読め、この映画を見ろ」と言ってあらゆる表現と接することを勧めてくれ、それに必死に応えてゆくことで多くを吸収したと述べていました。彼女の著作では、芸術や文化だけでなく社会の様々な課題に対して、偏りのない視点に基づく哲学がしっかりと感じられます。イタリアの文化や芸術を深く学んだこの時期があって、現在の幅広い活躍につながっていることと思います。イタリア好きの私としては、以上のような理由からも、彼女の著作が大好きなのです。
平成27年度に芸術選奨文部科学大臣賞新人賞を受賞されていますが、その贈賞理由には、次のようなことが記されていました。
『10代の頃から日本を飛び出し、世界を視座にした創作を続ける。古代ローマと日本を、強引に風呂好きというだけで結びつけた怪作(怪しい方の怪作です)「テルマエ・ロマエ」で名を上げたヤマザキ氏の次の作品は、人類史上屈指の知識情報革命を起こした2大巨人にして変人の「スティーブジョブス」と「プリニウス」。この慧眼には恐れ入った。地球人類としての実体験に基づいた氏の探究の衝動が、出版関係者や読者を知的興奮の渦に巻き込んでいる』
私もヤマザキさんと同時代に生きることを喜び、今後の著作に注目しつつ、温泉を味わいたいと思います。因みにヤマザキさんは、今月11月25日土曜日に来県され、県立美術館にて講演をされるようです。
以上で会長の時間を終わります。ありがとうございました。
【参考資料】 ヤマザキマリ「テルマエ・ロマエ」ビームコミックス 2013 ヤマザキマリ「たちどまって考える」中公新書ラクレ 2020 ヤマザキマリ「歩きながら考える」中公新書ラクレ 2022 https://www.1101.com/foundation/yamazakimari/2018-08-31.html
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